行為する者にとって、
行為せざる者は
最も過酷な批判者である。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
自由とわがままの違いは、
他人を妨げるかどうかである。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
学問の本質は、
「学問を自分がどう活用できるか」
にかかっている。
現実社会に応用できないような学問は、
無学と言われても当然である。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
あまり人生を重く見ず、
捨て身になって何事も一心になすべし。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
賢人と愚人の違いは、
学ぶか学ばないかによって、
決まるのである。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
他人の迷惑にならない
「欲望」は、
すべて善である。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
努力は、
「天命」さえも変える。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
やってもみないで、
「事の成否」を疑うな。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
世間の物事は、
進歩しないものはすたれ、
退かず努力するものは必ず前進する。
進みも退くもせずに、
ぐずぐず止まっているものなど、
あるはずがないのである。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
自分の考えだけで、
他人を評価してはならない。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
理想が高尚でなければ、
活動もまた高尚にはならない。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
学べば貴・富・賢になる。
学ばなければ賎(せん)・貧・鈍になる。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
独立の気力なき者は
必ず人に依頼す、
人に依頼する者は、
必ず人を恐る、
人を恐るる者は、
必ず人にへつらうものなり。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
社会共存の道は、人々自ら権利をまもり幸福を求むると同時に、
他人の権利幸福を尊重し、いやしくもこれを侵すことなく、
もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
言論は自由でなければならぬし、人の行動を妨げてはならない。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
人生は芝居のごとし、
上手な役者が乞食になることもあれば、
大根役者が殿様になることもある。
とかく、あまり人生を重く見ず、
捨て身になって何事も一心になすべし。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)
人生に失敗がないと、
人生を失敗する。
福沢諭吉
(江戸時代末期から明治初期の中津藩士、啓蒙思想家、教育者 / 1835~1901)